わたしのお人形さん

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調味料を優先するあまり服をろくに持たずにクロアチアへやってきて寒がるわたしに、おばあちゃんが編んでくれたのがピンクのカーディガンで、それからそんな寒い春も忘れるくらいの暑い夏がやってきて、おばあちゃんは次々と夏服を編んでくれた。一本の糸から服ができることは頭ではわかっていても、いざ目の前で少しずつ布面積が広がって模様までできていく様をみていると、その、途方もなさにすさまじい忍耐力みたいな強さを感じる。

 

できあがった服を着せてもらっているときに、おばあちゃんがクロアチア語で何か喋りかけてわたしがわかんない顔をするとおかあさんが「あなたはわたしのお人形さん」ってにこにこしながら間に入って言った。わたしのお人形さんなんて文字面だけ見ると操り人形さながらの凶暴さがあるけど、目の前のおばあちゃんは大事な大事なお人形さんの髪の毛をなでるようにわたしに手縫いの服をあてて喜んでいる。それからおかあさんが「おばあちゃんもアンナもみんなハッピー」と言った。

 

おばあちゃんが娘に編んで姪っ子がおさがりで着た服やおかあさんが大学時代に着てた服が、長い年月や一時の流行りに淘汰されずにわたしに辿り着いて、お姉ちゃんのおさがり服ばかりでおさがりという言葉は好きじゃなかったのにこうして手縫いのおさがりをもらったらスペシャルな幸せをリレーしている気がする。第三走者。もので幸せを推し量るわけじゃないけど、手縫いに込められた暖かみをどう形容したらいい。